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札幌地方裁判所 昭和48年(行ウ)18号 判決

原告 坂本忠一

〈ほか四名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 三津橋彬

同 彦坂敏尚

同 南山富吉

同 広谷陸男

同 佐藤文彦

同 五十嵐義三

同 菅沼文雄

同 林信一

被告 北海道教育委員会

右代表者委員長 中川利若

右訴訟代理人弁護士 上口利男

同 山根喬

右指定代理人 豊崎厳

〈ほか五名〉

主文

1  被告が原告らに対して昭和四一年一月二〇日付でした各戒告処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

主文同旨

二  被告

1  本案前の申立

(一) 本件訴をいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案の申立

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、昭和四〇年六月一六日及び同四一年一月二〇日当時、茅部郡砂原村立砂原小学校(以下「砂原小学校」という。)に教諭として勤務していた、被告を任命権者とする地方公務員(いわゆる県費負担教職員)であり、原告森田、同伊藤は第五学年、その余の原告らは第六学年を担任していたものである。

2  被告は、砂原小学校長清水忠雄により原告らに対して発せられた昭和四〇年六月一六日施行の昭和四〇年度全国一斉小学校学力調査(以下「本件学力調査」という。)を実施せよとの職務命令(以下「本件職務命令」ともいう。)に原告らが従わなかったことが、地方公務員法(以下「地公法」という。)三二条に定める職務上の義務に違反し、同法二九条一項一号、二号に該当するとして、昭和四一年一月二〇日、原告らを戒告する旨の懲戒処分(以下「本件処分」という。)をした。

3  そこで、原告らは本件処分につき北海道人事委員会に対し適法な審査請求の申立をしたところ、同委員会は、昭和四八年九月二六日、被告のした本件処分を承認する旨の裁決をした。

4  しかし、被告のした本件処分には次のような瑕疵がある。

(一) 職務命令の不存在

原告らが本件学力調査を実施しなかったことは認めるが、そもそも清水校長は右学力調査の実施を原告らに命じたことはなかった。すなわち、

(1) 昭和四〇年六月二日放課後の職員終会においては、清水校長は村内校長会の報告として「本日の校長会で(砂原村教育委員会)教育長から六月一六日に学力テストを実施してほしいといわれました。」と発言したのみである。

(2) ①同月一五日午後三時三〇分ころ、校長公宅において清水校長は、坂本を除く原告らに対し「学力テストをやってくれませんか。」と依頼したが、その際同校長が職務命令書(乙第三号証)を所持していたことも、また、これを読みあげたこともない。なお、同校長が実施説明書を右原告らに手交したこともない。②さらに、原告伊藤、同髭は同校長の前記発言を聞きとることさえもできない状況であった。

(3) 同月一六日午前八時三〇分ころ、職員朝会において清水校長は、原告らに対し学力調査の実施について再度協力を要請したが、前記文書を読みあげたことはない。

(二) 職務命令の撤回

仮に清水校長の職務命令の存在が認められたとしても、右職務命令は、同月一六日午前八時一五分ころから行われた職員朝会の終りころ、同校長によって撤回された。すなわち、同校長は原告らに対し右職務命令とは両立しえない六月二〇日挙行予定の運動会の総練習を右朝会に引続いて行うことの許可を与えた。このことは、その後原告らを含む教職員が運動会総練習を行った際、溝口教頭が校長に代って開会式のあいさつの予行をしたことからも明らかである。

(三) 懲戒処分権の濫用

仮に原告らが本件職務命令に従わなかったものとしても、本件処分は被告がその権限を濫用してしたもので違法である。すなわち、

(1)(イ) 文部省は昭和三一年から全国の小、中、高等学校の最高学年生に対する学力調査(サンプリング・テスト)を実施し、小学校については昭和三七年からそれまでの五パーセント抽出から二〇パーセントト抽出に拡大し、また、五年生にもテストを実施したが、右テストは一方で当時の高度経済成長政策の遂行に必要な人材の早期発見、他方で文部省が作成した学習指導要領に対する学力の到達度を測ることを目的としたものであった。ところで、右のような目的をもった右学力調査は、①子ども達の間に少数のエリートとそうでない者との差別を作り出し、②テスト成績を向上させるため日常の教育がテスト準備のためのものに変質させられ、③教育に対する国家統制が強化される反面、教師の自由な創意と工夫による教育活動が妨げられる危険が生じ、④大量の「落ちこぼれ」の子どもをつくり出し、かえって全体の学力水準を低下させるばかりか、学ぶことに意欲を失った子どもを非行に陥れるなどの弊害をもたらすものであって、現にその実例も見出され、また、そのような観点から学力調査に対する批判も高まっていたのである。

(ロ) 以上のような状況下で、砂原村教育委員会(以下、単に「村教委」という。)教育長奥田保男は業務命令をもって各校長に対して本件学力調査の実施を義務付けたのであるが、文部省に対するテスト実施義務から解放されていたいわゆる非抽出校であった砂原小学校に対し、しかも原告らを含む大多数の教師の反対を押し切って強制的に本件学力調査の実施を義務付けることは不合理であり、右命令を受けて原告らに右テストの実施を命じた清水校長の処置も同様である。

(ハ) また、右奥田教育長の清水校長に対する業務命令の存在すら知らず、まして従来から職務命令を受けたことがなく、校長を含めた職員会議において合意によって学校運営を進め、校長との間でも依頼とこれに対する自主的応諾により問題を処理してきた原告らが、同校長の前記発言をもって命令と理解しなかったことには合理的な理由がある。

(ニ) 以上のような事情の下での原告らの本件職務命令違反に対し、本件処分を課することは著しく不合理である。

(2) また、昭和四〇年六月一〇日に行われた被告と原告らの所属する北海道教職員組合(以下「北教組」あるいは「組合」という。)との交渉において、被告は、非抽出校における学力調査を決して強制せず、職務命令を発して実施させることはない旨明言した。そうすると、本件処分はまさに被告がかつて明示した自己の立場に反するもので背信的処分というべきであり、さらに被告は従来非抽出校における教職員の学力調査拒否について何らの処分を加えたことがなかったにもかかわらず、原告らに対してのみ従来の態度を突如変更し、事前に何らの警告を行わずに本件処分をしたのであって、これは原告らにとっては不意打的な処分というべきである。

(3) さらに本件学力調査及び同時に行われた中学校学力調査については、全道の非抽出校のうち約三五パーセントの学校で教師の労務提供拒否にあって実施することができず、また、その余の学校においても校長、教頭、地方教育委員会職員らによって実施されたところが多く、砂原村においても非抽出校であった掛潤小学校、砂原中学校、沼尻中学校では校長、教頭によって実施されたものである。しかるに、職務命令違反で処分されたのは不実施校も含めて全道で原告らのみであるところ、原告らの場合のみが他と比較して特別悪質であるという合理的理由はない。これは極端に不平等な取扱いであり、不合理不公正な処分というべきである。

(4) そして、本件処分は昭和四〇年一一月一三日の村教委から被告への処分内申に基づいてなされているが、同月一〇日に村教委奥田教育長は北教組武村副委員長に対して村教委は処分内申を行わないという意思統一をしている旨表明していたところ、その後の組合の動向についての風聞によってその意思統一を覆えし、報復的に右処分内申を行ったものである。このような一時の感情にかられた処分内申に基づく本件処分は不公正、不合理なものである。さらに村内校長会の斡旋により村教委と組合支部との間で本件学力調査の採点をするなら処分内申はしないとの合意が成立し、これに基づいて原告らは採点を行ったにもかかわらず本件処分がされたものであって、この点からも本件処分の背信性は明白である。

5  よって、本件処分はいずれも違法であるから、その取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

地方公務員法(以下「地公法」という。)二九条一項の規定による地方公務員に対する懲戒処分は、所属職員の勤務についての秩序を維持し、綱紀を粛正して公務員としての義務を全からしめるため、その者の職務上の義務違反その他公務員としてふさわしくない非行に対して科する特別権力関係に基づく行政監督権(服務規律権)の作用であり、地方議会の議員に対する懲罰と軌を一にするものと解されるが、とりわけ、戒告処分のごときは、純然たる内部的な行為であって、一般市民としての権利義務に何等関係のない処分であるから司法裁判権の対象とはなりえないというべきであり、このことは最高裁判所の判例とするところでもある(最高裁判所昭和三四年(オ)第一〇号同三五年一〇月一九日大法廷判決・民集一四巻一二号二六三三頁)。

よって、本件訴は司法裁判権の対象とならない事項について出訴した不適法なものであり、却下されるべきである。

三  被告の本案前の主張に対する原告らの反論

地方公務員の勤務関係は、公法上の労働関係と解されるべきもので、地方公務員とその任命権者とは上命下服の関係にあり、対等平等な地方議会の議員相互の関係とは本質的に異なる。したがって、地方公務員に対する懲戒処分も議員の懲罰とはその本質を異にし、優越的地位に立つ任命権者によって行われる不利益処分であり、しかも処分があったことは履歴書に記載され、昇給昇進の不利益資料ともなるところ、特に昇給延伸により被処分者が蒙る経済的・精神的損失は甚大であるから、被告の主張は失当である。なお、被告の引用する判例は本件と事案、本質を全く異にするものである。

四  請求原因に対する被告の認否

請求原因1ないし3は認める。同4のうち後記被告の主張に反する部分は争う。

五  本案に関する被告の主張

1  懲戒事由の存在

(一) (職務命令の存在)

(1) 昭和四〇年六月二日午後四時ころ、清水校長は職員会議を開き、昭和四〇年度全国小学校学力調査実施に当りいわゆる非抽出校として、第五学年及び第六学年の社会及び理科の学力調査を実施するよう原告らに口頭で指示した。

(2) また、清水校長は、同月一五日午後三時三〇分ころ、校長公宅において、坂本を除く原告らに対して「職務命令」と題する書面(乙第三号証)を読みあげ、本件学力調査を校務として実施することを命じ、併せて同調査の実施説明書を手交した。

(3) さらに、本件学力調査実施当日の六月一六日午前八時三〇分ころ、職員朝会において清水校長は原告ら全員に対して前記職務命令書を読みあげて、本件学力調査を実施することを重ねて命令した。

(4) なお、清水校長が前記職務命令を撤回した事実はない。すなわち、本件学力調査当日、原告らは運動会の総練習を行ったが、同校長がこれを承認ないし許可したことはなく、また、溝口教頭が校長に代ってあいさつを行うなどの指揮をとったこともない。

(二) (職務命令違反)

(1) 右のように、原告らはいずれも清水校長から本件学力調査を校務として実施するよう職務命令を受けながら、学力調査に反対である旨表明し、これに従わなかったものである。

(2) このような原告らの行為は、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない義務、いわゆる職務上の義務に違背するものというべく(地公法三二条及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)四三条二項)、明らかに違法な行為である。

2  本件処分の適法、妥当性

本件処分は、被告が、原告らの前記違法行為に対して公務員関係の秩序を維持する見地からその責任を明らかにし、将来を戒しめるため、地公法二九条一項一号及び二号の規定により行ったものであり、しかもその程度は、司法が定める懲戒のうち、最も軽い戒告としたものであって、まさに適法かつ妥当な処分というべきである。

3  懲戒権濫用の主張に対する反論

(一) 本件学力調査は、村教委が地教行法二三条一七号に定める教育に係る調査として今後の村教育行政の参考とする目的で、ある一定時期における村内児童、生徒の学力の実態という客観的な事実についての資料を得るために実施することを決定し、管内小学校長に実施を命じたものである。その際、村教委は本件学力調査の実施により①村教委として村内の児童、生徒の学力の実態を全国水準との比較において客観的に把握でき、その結果、村内児童、生徒の学力に弱点があり、その原因が施設、設備や教材、教具の不足に起因していることが明らかとなった場合、これらを充実、整備するうえで参考資料を得ることができ、②各学校における学習の到達度を全国集計と比較することによって、自校の学力を客観的にとらえることが可能であり、その結果、自校の学力の長短を知ることができ、ひいては児童、生徒の学習指導の改善及び教育課程の参考資料として利用することが可能であり、③さらに、調査の結果得られる資料が今後の村教育の向上発展に十分寄与するなどの大きな利点があり、④他方右調査がことさら児童、生徒に事前の準備を必要とさせるものでなく、また、教育課程の変更もごくわずかにすぎず、したがって、調査実施によって児童、生徒及び学校における教育課程に与える影響はほとんどあり得ないことなどを検討した上で右のように実施を決定したもので、右決定には何の不合理もない。そこで、被告教育長は、昭和四〇年六月一〇日に行われた被告と北教組との交渉において、北教組側に対し非抽出校についても学力調査を実施するよう強く要望したものである。

なお、原告らが清水校長の前記1(一)の(1)ないし(3)の言動をもって命令と理解しなかったことは、原告らの所属する北教組及び同渡島地区協議会が本件学力調査予定日以前から非抽出校については、業務命令等をかけてきても一切労務提供を拒否するよう原告らに指示していたことからしても、考えられないところである。

(二) 次に原告らは、昭和四〇年度の本件学力調査に関して不実施校が多数あったにもかかわらず、原告らだけが懲戒処分を受けたことは不当である旨主張しているが、右主張は次に述べるとおり理由がない。すなわち、

(1) 砂原小学校の春季運動会が昭和四〇年六月二〇日に予定されていたことは事実であるが、しかし、これとの関連でいえば、運動会総練習日を同月一六日としなければならない理由は全くないにもかかわらず、原告らは、学力調査を実施させない意図のもとに、同日を勝手に運動会総練習日と設定し、清水校長が学力調査を実施するよう指示したにもかかわらずこれを拒否し、児童全員を屋外運動場に集合させ、もって右学力調査の実施を妨げたものである。

(2) かように、当該年度の学力調査に係わる者のうち、校長の指示に従わず児童を直接原告らを含む教職員の管理下に置き、もって、学力調査の実施を事実上困難にさせるような行動をとったのは、原告らだけであった点に着目し、被告は原告らのみについて懲戒処分を行ったものである。

(3) さらに、公務員関係の秩序を維持するために行うという懲戒目的に鑑みれば、最少の処分で最大の効果を期待しうる場合には、一部の者について懲戒処分を行うこともそれなりの合理性があるというべきである。

(三) 原告らは、昭和四〇年一一月一〇日、北教組の武村副委員長と村教委の奥田教育長との間で確認書(甲第三号証)がかわされた三日後に、村教委が処分内申を行ったことについて、この処分内申は感情に支配されてなされたものであって、合理性がない旨主張しているが、右主張は次に述べるとおり理由がない。すなわち、村教委としては、昭和四〇年一一月一〇日の時点まで、出来ることなら砂原村から被処分者を出したくないと考えていたことは事実であり、したがって、前記確認書も、奥田教育長が「意思統一とは委員会の正式の議決ではない。」ことをことさら付記してかわされたものである。しかし、原告らに非違行為に対する反省の態度が全くみられないばかりか、むしろ非違行為を誇示する行動にでたため、村教委があらためて正式に議決し、処分内申を行ったものである。

第三証拠《省略》

理由

第一(本案前の主張に対する判断)

原告らが砂原小学校の教諭であり、被告を任命権者とする地方公務員(いわゆる県費負担教職員)であること、被告が原告らに対し昭和四一年一月二〇日付で本件処分をしたことは当事者間に争いがないところ、地方公務員に対する戒告処分は、地公法二九条に規定された懲戒処分の一つであるから、これに付されること自体が既に被処分者に法律上の不利益を生ぜしめるものと解し得るばかりでなく、被告を任命権者とする学校職負が右の処分を受けた場合、被処分者は爾後の昇給を延伸され、特別昇給から除外される等の具体的、経済的な不利益を蒙ることは当裁判所に顕著な事実であるので、右処分をもって、被処分者の法的地位(権利義務関係)に何らかかわりのないものであるといい得ないことは明らかである。そうすると、戒告処分が行政監督権、服務規律権に基づく内部的行為であることを理由として、これに対する司法審査の余地を否定することはできないというべきであり、地公法五一条の二、四九条もこのことを当然の前提として規定されたものと解することもできる。したがって、被告の本案前の主張は理由がない。なお、右の点に関し被告の引用する裁判例は本件と事案を異にし、右判断に抵触するものでないことは明白である。

第二(本案に関する判断)

一  請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件職務命令の存否について判断する。

1  《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められる。

(一) 昭和四〇年六月二日、原告らが勤務していた砂原小学校を所管する村教委は地教行法二三条の規定により有する権限に基づき、「昭和四〇年六月一六日に行われる学力調査を村内全小・中学校につき抽出校(文部省が調査対象校として抽出指定した学校)、非抽出校にかかわらず実施すること」を議決し、村教委奥田教育長が同日開催された砂原小学校清水校長を含む村内全小・中学校長会議において、右議決事項を告知するとともに同校長に非抽出校として本件学力調査の実施を命じた。

(二) 前同日午後四時ころ、前記村内校長会から帰校した清水校長は、そのころ開かれていた砂原小学校職員終会において、奥田教育長から本件学力調査を非抽出校として実施するよう命ぜられた旨を原告らを含む出席した全教職員に報告した。

(三) 同年六月七日、村教委は同日付の「昭和四〇年度全国小・中学校学力調査の実施について」と題する教育長名の書面をもって、本件学力調査を校務として実施するよう村内小学校長に通知するとともに問題用紙、調査説明書を配付した。さらに、同月一四日、教育長は村内校長会を開き、清水校長病気欠席のため代って出席していた砂原小学校溝口教頭に対し、同日付の「昭和四〇年度全国小学校、中学校学力調査の実施について(通達)」と題する書面をもって、本件学力調査の実施を重ねて命じ、同教頭は右書面を持帰って清水校長に手渡した。

(四) 一方、原告らの所属する北教組及び北教組渡島地区協議会は、昭和四〇年六月三日ころまでに本件学力調査について、いわゆる非抽出校においては、たとえ職務命令が発せられてもこれを拒否して一切の労務提供をしない旨の決定をしたが、このことを原告らはいずれも同月一四日ころまでには知っており、そして右決定に従う意思を有していた。

(五) ところで、清水校長は同月一四日ころから風邪のため公宅で病臥していて、前記のように溝口教頭から村教委の通達書面を受け取ったが、原告らが本件学力調査の実施に反対しており、また、教頭から学力調査に反対する北教組の渡島地区協議会砂原支部との交渉が難行し、本件学力調査の円滑な実施は非常に困難な状況にある旨の報告を受けるなどしたことから、本件学力調査の対象であった第五、第六学年を担任していた原告ら(このことは当事者間に争いがない。)が容易にその実施を肯じないのではないかと推察し、原告らに職務命令をもって右学力調査を実施させようと考え、原告らを名宛人として記載し、「一、昭和四十年度文部省学力調査について校務として左のことを通達命令します。1テストを実施すること(社会、理科)、2自級児童の実施したテストの採点をすること、二、実施要領は道教委公報第二七七七号及び二七八八号によること。」と記載した「職務命令」と題する書面(乙第三号証)を作成したうえ、原告らに公宅に参集するよう指示したところ、当時北教組渡島地区協議会砂原支部役員であった関係上、同支部と村教委との折衝のため不在であった坂本を除くその余の原告ら(四名)が、同月一五日午後三時三〇分ころ、他の約一〇名の教職員とともに校長公宅に参集した。そこで、同校長は右書面を朗読するとともに、原告ら四名を含む右参集者に対し「明日の学力テストを実施して欲しい。」旨申し向け、前記(三)記載の村教委からの調査説明書を配付したが、参集者のうち原告熊本が「できません。」と応答し、他の原告らを含む参集者も本件学力調査を実施する意向を示さなかった。

(六) そのため、清水校長は、本件学力調査実施日である同月一六日午前八時一五分ころから砂原小学校職員室で行われた職員朝会において原告らに再度本件学力調査の実施方を命じようと考え、原告らを含む教職員全員に対し前記「職務命令書」と題する書面を読みあげるとともに「学力調査を今日やることになるので先生方にお願いしたい。」と申し向けたが、原告熊本が前日と同様できない旨応答したため、同校長はさらに何回か本件学力調査の実施を求めたが、原告らが反対の態度を示し、また、他の教職員らもこれに反対し、実施する意向を示した者はいなかった。

以上の各事実が認められ、《証拠省略》のうち、清水校長は職務命令書を読みあげたことはなく、調査説明書を原告らに配付したこともない旨、《証拠省略》中、原告らは六月一五日校長公宅における清水校長の話す声は聞こえなかった旨の部分は前掲各証拠並びに弁論の全趣旨に照らしてにわかに措信しえず、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

2  以上認定の事実関係からすれば、清水校長は、昭和四〇年六月一五日午後三時三〇分ころ、校長公宅において坂本を除くその余の原告ら四名に対し、また、翌一六日午前八時一五分すぎころ、砂原小学校職員室において、原告坂本に対し、その余の原告らに対しては再度、本件学力調査の実施を命じたものというべきであって、同校長が前記「職務命令書」と題する書面の朗読に加えて、依頼と受けとれるような言葉で本件学力調査の実施方を求めたことは右認定に何らの消長を来すものではないというべきである。のみならず、前掲各証拠によれば、原告らが右清水校長の言動をもって職務命令と認識したことも明らかであるというべきであ(る。)《証拠判断省略》

三  次に、右職務命令の撤回の有無について検討する。

1  《証拠省略》によれば、右の職員会議における清水校長と原告らを含む教職員らとの前項1の(六)認定のようなやりとりの後に、須藤教諭が同校長に対して「私たちはやりませんけれど、校長と教頭で実施する考えはありませんか。」と質問し、これに対して同校長が「先生方に協力していただけないものは実施できません。」と答えたこと、原告らを含む全教職員はその後の午前九時すぎころから全児童を校庭に出して六月二〇日に予定されていた運動会(このことは当事者間に争いがない。)の練習を開始したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

2  ところで、①《証拠省略》、須藤、須合の各証言及び原告らの各供述中には、原告らを含む教職員らが右のように運動会の練習をはじめるに至った経緯について、当日は清水校長が六月二日に本件学力調査の件を報告した以前から運動会総練習が予定されていたのであるが、右認定のように須藤教諭が清水校長に校長と教頭とで学力調査を実施する意思はないかと問い、同校長がそれを否定したのに引続いて、同教諭は「それでは総練習を始めていいですか。」と尋ねたところ、同校長は「どうぞやって下さい。」と答えて許可を与えたことから原告らを含む教職員は総練習に入った旨のほぼ一致した部分があり、また、②原告らの各供述中には、原告らを含む教職員が総練習を開始した際、溝口教頭が校長に代って運動会の開会式のあいさつの予行を行った旨の共通した部分があるので、右各供述等の信用性について考察する。

(一) まず、右①の点については、《証拠省略》を総合すれば、六月二〇日に運動会を挙行することは、五月中旬ころ、清水校長も含めた職員会議で決定したのであるが、その後五月末ころまでに右運動会の練習計画案が学習指導係であった須合教諭らによって作成され、その計画案には六月一六日に総練習(全児童が参加して運動会当日のプログラムに従って行う予行演習)をすることになっていたこと、右計画案について五月三一日ころの職員会議で討議されたが、その際、既に道教委公報によって六月一六日が本件学力調査実施予定日であることを知り、昭和四〇年四月二〇日ころの村内校長会で村教委から本件学力調査を抽出校、非抽出校にかかわらず実施する意向である旨聞いていた清水校長は、そのことを述べて右計画案に異議を唱えたものの、例年学力調査が教職員や組合の反対にもかかわらず、特に支障なく実施されてきた経緯から例年どおり結局は支障なく行うことができるであろうとの希望的観測のもとに何とかなると安易に考えて右計画案を不承不承ながら容認したこと、ところが、前記のように学力調査実施日が切迫してきた六月一四日に同校長は村教委からその実施を命ずる通達を受け取り、また、原告らが容易にその実施を肯じないのではないかと考えたことから急きょ前記「職務命令書」を作成して、その実施方を原告らに命ずるに至ったことの各事実が推認され(る。)《証拠判断省略》

以上の事実によれば、村教委からその実施方を通達されて自身も村教委に対してその実施義務を負い、しかもその実施が極めて困難な状況にあることを知った清水校長は、前記「職務命令書」を作成してまで原告らにその実施を命じようとするなど、それまでの安易な気持から一転して実施について強い決意を有するに至ったものということができ、そのような同校長が原告らを含む教職員に反対の意向を示されるや卒然として右命令撤回の結果を来たす総練習の許可を与えたとすることは極めて不自然であるばかりか、清水校長は本件学力調査の実施が拒否された旨を原告らが運動会の練習を開始するころには既に村教委に報告している事実が《証拠省略》により明らかであることに照らしても前記①の証言、供述部分等は採用できないところである。

(二) 次に、前記②の点についてみてみるに、弁論の全趣旨によると、原告らは本件処分にかかわる北海道人事委員会の審査手続中においてはそのような供述をしていなかったことがうかがわれるばかりでなく、《証拠省略》によれば、前示証人須藤及び原告熊本は右審査手続においてむしろ逆の事実(教頭は参加しなかった)を述べていることが明白であり、これらの事実からしても右②の各供述部分は到底措信しえないところである。

そして、他に清水校長が前記職務命令を撤回したことをうかがわせるに足りる証拠は見当らない。

四  右二及び三項で説示したところによれば、原告らは清水校長から本件学力調査を実施するよう職務上の命令を受け、同命令は撤回されることなくそのまま維持されていたというべきであるのに、原告らが右学力調査を実施しなかったことは当事者間に争いがなく、したがって、原告らは右職務命令に従わなかったものといわざるを得ない。してみると、原告らは地公法三二条及び地教行法四三条二項の規定に違背したことになるから、原告らについていずれも地公法二九条一項一号、二号所定の懲戒事由があるというべきである。

五  最後に、原告らは、本件処分は被告がその裁量権を濫用してしたものであって、違法であると主張するので、以下、この点について判断する。

1  《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められる。

(一) 清水校長は前認定のとおり須藤教諭から校長と教頭で本件学力調査を実施する考えはないかと問われた際、その考えのない旨を答えたのであるが、その後、当日(六月一六日)午前一〇時すぎころ、村教委から電話で校長、教頭及び派遣する村教委職員の三名で学力調査を実施してはどうかとの進言を受けたことから、右三名でそれを実施することにし、校庭で運動会の練習をさせていた原告らにその旨伝えたところ、原告らは他の教職員らの意見を聞いたりした後これを了承し、直ちに練習中の児童のうち五、六年生を教室に入れた。そして、本件学力調査は予定の開始時刻の午前九時五分を遅れること三時間余の午後〇時すぎから右校長ら三名によって実施された。

(二) 本件学力調査は全道の非抽出校のうち約三五パーセントの学校で教職員が校長の命令に従わず、労務の提供を拒否したため実施することができず、その余の学校についても同様の理由により一般の教職員によってではなく、校長、教頭や教育委員会職員らによって実施されたところが多かった。そして、砂原村をその管内とする渡島支庁内には約一四〇校の小学校があったが、そのうちの非抽出校約一〇〇校中、約二〇校で教職員が右同様労務提供を拒否し、また、実施時間が遅れたり、翌日実施したりした学校もあった。なお、砂原村においても非抽出校であった小学校二校、中学校二校のうち、砂原小学校のほか、掛潤小学校、沼尻中学校では以上と同じ理由により校長、教頭によって学力調査が実施された。しかるに、職務命令違背のゆえに懲戒処分を受けたのは全道で原告らだけであった。

(三) 本件学力調査のあと、原告らに対する処分問題が起きたが、村内校長会は、被処分者を出さずに円満に解決すべく村教委と北教組砂原支部との間の交渉を仲介し、その結果、村教委と砂原支部との間で、原告らが本件学力調査の答案の採点をするなら処分内申はしない旨の合意が成立し、これに基づいて原告らはその採点を行った。

また、昭和四〇年一一月一〇日、村教委が原告らに対する処分内申をしないよう働きかけるべく村教委に赴いた北教組武村副委員長らに対し、奥田教育長は、「村教委は処分内申を行わないという意思統一をしている。ただし、意思統一とは委員会の正式決議ではない。」旨を表明した。

しかるに、村教委は、同月一三日、被告に対して処分内申を行い、被告は右処分内申によって本件処分をしたのであるが、村教委が処分内申をするに至ったのは、奥田教育長が武村副委員長に前記のような言明をしたことをもって組合が凱歌をあげている(原告らではない。)との風聞を耳にした村教委委員の一人が激怒し、結局、右風聞の真偽を確めることさえもしないまま反省の色が見えないとの理由から急きょ右のように処分内申をしたものである。

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  ところで、地公法は、同法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒権者が、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては、公正であるべきこと(二七条一項)を定め、平等取扱いの原則(一三条)及び不利益取扱いの禁止(五六条)に違反してはならないことを定めている以外に、具体的な基準を設けていない。したがって、その決定は、懲戒事由に該当する行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴等、諸般の事情を考慮してする懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、恣意にわたることを得ないことは当然であるけれども、それが右のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、裁判所において懲戒処分の適否を審査するにあたっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をするべきであったかどうか、また、いかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものであると解される(最高裁判所昭和四七年(行ツ)第五二号同五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)ので、この見地に立って、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠くと認められるかどうかについて検討することとする。

(一) 道内及び渡島支庁管内の相当数の非抽出校において、また、砂原村内の過半数の非抽出校において、教職員が校長の職務命令に従わず、本件学力調査を実施しなかったのに、原告らだけが懲戒処分を受けたものであることは前認定のとおりであるが、このように、懲戒処分が、同一の機会に、同一ないし同種の非違行為をした者が多数存在するとき、その一部の者に対してのみなされた場合であっても、単にそれだけでは懲戒権者の裁量権の逸脱、濫用があったといい得ないことはもちろんである。しかし、懲戒処分を決定するにあたり考慮すべき前記説示のような諸事情に差異がないのに、その一部の者のみが処分を受けたとすれば、その懲戒処分は前示公正の原則、平等取扱いの原則に照らして社会観念上著しく妥当性を欠き、懲戒権者が裁量権の範囲を逸脱し、濫用したものとして違法であるということができる。

この点について被告は、被告が原告らのみについて懲戒処分を行ったのは、原告らは本件学力調査を実施させない意図の下に学力調査実施予定日を勝手に運動会総練習日と設定し、校長の度重なる実施の指示にもかかわらずこれを拒否して児童全員を校庭に集合させたが、本件学力調査に係わった者のうちでこのように校長の指示に従わず児童を直接教職員の管理下において学力調査の実施を事実上困難にさせるような行動をとったのは原告らだけであったことに着目したためであると主張するが、まず、原告らが勝手に学力調査実施予定日に運動会総練習日を設定したものでないことは前記三項2の(一)認定のとおりであるばかりでなく、《証拠省略》によると、原告らは、校長と教頭が本件学力調査を実施する場合、これを阻止したり妨害したりする意図はなく、その場合に備えて当日児童に筆記用具を持参するよう指示してさえいたものであること、それにもかかわらず前認定のように本件学力調査の開始が遅れたのは、当初、清水校長において自身及び教頭らによって実施する意思がなく、その後、村教委の進言を受けて実施を決定したものであるが、その間に、原告らが当初の予定どおり運動会の練習をはじめてしまったためであることが認められるうえ、原告らは校長と教頭らが本件学力調査を実施することになった際にはすみやかに対象児童を教室に入れて右学力調査を受けさせる態勢にしたことは前認定のとおりであり、これらの事実関係と前記被告の主張とを対比すれば、被告は、本件処分を決定するについての判断過程において、(右の点に関し)重大な事実の誤認をしたものといわざるを得ない。そして、右被告の主張に弁論の全趣旨を総合すれば、懲戒処分を決定するについて考慮されるべきその他の諸事情において、原告らと他の者との間にとりたてて相違がなかったことを推認することができるというべきである。

そうとすると、本件処分は、公正の原則、平等取扱いの原則に違反して社会観念上著しく妥当を欠くというべきであるから、被告がその裁量権の範囲を逸脱し、又は裁量権を濫用してしたものとして、違法であると断ぜざるを得ない。

(二) のみならず、本件処分は、本項1の(三)認定の事実関係に照らし考えても、被告が裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用してしたものというべきである。すなわち、村教委ないし奥田教育長において、本件学力調査の採点をすれば処分内申をしない旨を組合砂原支部との間で合意したり、組合副委員長に対し処分内申をしないという意思統一をしている旨言明したりしたことによって、一旦は原告らにもはや村教委は処分内申をしないもの、したがって、処分内申があった場合にはじめてなされる可能性のある(地教行法三八条一項)懲戒処分を受けることはない旨確信させたにもかかわらず、右のような言質を取ったことについて組合(原告らではない。)が凱歌をあげたという風聞に基づき、これを一方的に覆えして処分内申したのは明らかに信義則に反した不公正、不合理な措置というべきであって、このような処分内申に基づいてなされた本件処分もまた公正の原則に反し、社会観念上著しく妥当を欠くといわざるを得ないからである。

第三(結論)

以上によれば、原告らに対する本件処分はいずれも違法であり、取消しを免れないというべきである。

よって、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾方滋 裁判官 田中優 矢村宏)

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